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電脳硬化症気味な日記です。まとまった情報は wiki にあります。

2019.8.7 (Wednesday)

at 22:30  

核兵器について考えたいこと   [散文・小論]

 この時期になると毎年気になります。太平洋戦争での核兵器使用の是非について。
 戦後、良い意味で"気持ち悪い"くらいの友好関係を気付いたアメリカと日本であっても、この点については民意が大きく異なる、と。 その辺をちゃんと議論しないと、似た状況に際して似た判断がされるんじゃないか、と。

 毎年この時期に宣言されたり、報道されたりする内容って、「原爆の悲惨さ・非人道性を伝える」だけで、核兵器廃絶へ向けた議論の発展が感じられない。「暴力はヒドイ、ダメなことだよ」という感情論だけでは暴力は無くならない。だって、暴力行使者の状況や考えをシミュレートしていないんだもの。いや、してる人はいると思うけど、世論・国論として皆が考えなきゃ前には進まないよね。「なぜ使用されたのか?」理解しやすい答えに飛びつくのはダメだけど、「どうしたら使用されないか」にたどり着くためには、この「なぜ」を必ず通るはず。
 戦争体験の無い人間が大部分となったからこそ、一般の報道でもそうした議論が聴きたいなぁと思っちゃう。非戦を訴えるのならば、howを考えようよ、と。

 でも実際報道しちゃうと、苦情連絡が多くなるんでしょうね。もちろん、見たくない人に配慮した放送の仕方であっても、それでも感情的・短絡的なクレームを受けちゃう。自分と異なる考え方への猛烈なバッシング。で、スポンサー意向を忖度しちゃったり、安全策をとっちゃって…。「人と異なる意見」が許容されにくい社会。。。
 「政府や国の仕事でしょ」って思考停止する人も多いのかなぁ…。話がそれますが、国民主権ってそうじゃないよ、と。日々の報道を観ていると、人々の行政への過依存体質も気になりだしますね。

[元記事]
CNN.co.jp : 米国が広島に原爆を落とした理由 [2019/08/07]


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